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月かげ第145号

衆生(しゅじょう)無辺(むへん)誓願度(せいがんど)

(衆生は無辺なれども誓(ちか)って度(ど)せんことを願う)

 

                  「四(し)弘(ぐ)誓願(せいがん)」より

 

新年おめでとうございます。

年頭にあたり、本年が皆々様にとりまして、よき一年となりますよう、お念じ申しあげます。

さて、昨年末、アマゾン(インターネット通販サイト)による僧侶の定額派遣(読経一回三万五千円)の受付が始まり、話題となりました。

この件について、僧侶の側からは、批判的な意見が多かったと思いますが、基本的に、布施と代金は違うということです。すなわち、仏道と商売の差です。 

僧侶にとって、仏道と商売の差はどこにあるか?これは、ひとえに僧侶自身の自覚の問題であると思います。本人が仏道と思っていれば仏道ですし、本人が商売と思っていればそれは仏道とは言えません。アマゾンの僧侶派遣が商売として成立するということのうらには、大きな問題があります。

信心は目には見えない心の世界です。信心のありがたさは、信心より縁遠い者にしてみれば理解不能でありましょう。

阿弥陀仏を拝んで、一体何がありがたいのか?」と尋ねられることがあります。

自らのいのちの根源として、ご先祖さまのその先におられる阿弥陀仏無量寿仏・永遠のいのちというみ名のほとけ)、そして、私を救い護ってくださる四十八願成就の阿弥陀仏・・・・。仏道の先には、必ず魂の救済があるのです。

商いは立派な職業です。しかし、読経を商売とすることには、強い違和感があると言わざるを得ません。アマゾンによる僧侶派遣のニュースは、僧侶自身が自らを省みるよい機会になったと思います。

本年も、共々に信心を深めて参りましょう。

南無阿弥陀仏  合掌