月かげ第159号

阿弥陀仏、われを摂取したもうと

信ずるひとを念仏衆生という。

   

 

(範空上人)

 

春が近づいて参りました。

梅が咲き、水仙が咲き、木蓮の蕾がふくらんでいます。

私は今、本山で念仏の日暮らしを過ごしています。具体的に言いますと、堀本御法主(ごほっしゅ)と親しくさせて頂くなかで、毎日阿弥陀仏のお慈悲に感謝して暮らしているということです。それは、当然私ひとりにとどまることではありません。堀本御法主に接する多くの方々が、念仏のよろこびに浴(よく)し、阿弥陀仏に感謝しています。

善(ぜん)知識(ちしき)ということの大切さが身にしみます。そして今、自分が堀本御法主のおそば近くに侍(はべ)らせて頂けていることの幸いをしみじみと感じるのです。

本山での暮らしには、なかなか厳しいものがあります。時間に縛られ、自由は少ないです。難しい問題にも対応しなければなりません。

しかし、「学仏(がくぶつ)大悲(だいひ)心(しん)」、「慈悲(じひ)無敵(むてき)」、「同体(どうたいの)大悲(だいひ)」、「同事(どうじ)」の心で、ことに当たりますと、大概のことは解決致します。

しんどいことも多いですが、逆に、面白いなあ、ありがたいなあと思うことも多いです。

どのような宿縁(しゅくえん)のおかげさまか、堀本御法主にお仕(つか)えできる幸福をかみしめている今日この頃です。  

南無阿弥陀仏    合掌