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月かげ140号

 

亡き人の

背を洗うごと墓洗う

 

 

 

     作者不詳

 

暑い日が続きます。まもなくお盆です。お盆は、あの世とこの世の交錯(こうさく)する季節、一年の中でも特別な期間だと思います。

子供の頃、毎年八月になると、新潟県の田舎町の映画館では、必ず怪談ものの映画がかかっておりました。町のそこここに、怪談映画のポスターが貼られていて、見るともなしにポスターが目に入って、背中が寒くなったのを覚えています。極楽浄土を信じる前に、まさかと思える幽霊の存在を身近に感じていたことが思い出されます。怖がりの私は、子供心に、人を苦しめ、その人が恨みながら死んだら、幽霊になって取り殺される。だから、人には恨まれないように生きなければならないと、毎年実感したものです。

そして、お盆になったら、川に泳ぎに行ってはいけない。河童に足を引っ張られて、川に引きずり込まれるから・・・と。

八月十三日夕方から夜にかけての町内一斉のお墓参りや、それに続く各所の盆踊りなどのお盆行事は、懐かしくも慕わしい灯火(ともしび)色(いろ)の思い出です。

子供の頃のそのような思い出は、私自身の心の深いところで、私の人生の原体験になっています。

やがて、阿弥陀仏のご本願に出(で)遇(あ)い、救われて今日あるのも、子供の頃の毎年のお盆の体験がベースとなって、機縁(きえん)熟(じゅく)して横超(おうちょう)し、気がつけば、ご本願の中にあったとわかったのだと思います。

幼児期や子供の頃の宗教的体験が、人生を形づくり、人生を導き豊かにする・・・。

ヒンドゥー教では、人を二種類に分けるといいます。おまじないや欲(よく)信心(しんじん)ではない真実の宗教に向かう人々と、真実の宗教に背を向ける人々・・・。

弥陀の本願に生かされ生きる安らぎの生活は、私たち凡夫にとって、最高のよろこびの生活です。

お盆を迎えるにあたり、お盆の行事やお祀(まつ)りごとを省略することなく、できるだけ丁寧につとめることによって、阿弥陀さまとご先祖さまがおよろこびになって、回(めぐ)っては、信仰心の向上と安らぎや小さな奇跡などの功徳となって返ってくるのだと思います。

南無阿弥陀仏

合掌