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月かげ131号

光台に

見しは見しかは見ざりしを

聞きてぞ見つる白川の関  

 

 

        西山上人(しょうにん)

 

 

本山のもみじも少しずつ色づいてまいりました。十一月十五日から、今年も紅葉期特別入山が始まります。

さて、去る十月十八日、当山のお十夜会に、曾根田(そねだ)・竹園社(ちくえんしゃ)のご住職池﨑歓澄師をお迎えし、お説教を拝聴致しました。池崎師のお話の中で、ご自身のご本山での加行(けぎょう)中、加行も後半にさしかかったある日の阿弥陀堂でのお勤めで、ふと弥陀三尊を仰いだ瞬間、ご自身の思いを超えて、涙が滂沱(ぼうだ)のごとく溢れ出し、不思議なことに、その瞬間以来、弥陀による自己の救済への疑いが消えてしまったとのことでした。

ドイツの神学者、シュライエル・マッハーの言葉に、「宗教は体験によってのみ現存しうる」、すなわち、宗教は体験あってこその宗教である、と。

心に先がけて、身体がまず反応するということは真実であろうと思います。頭で納得するのではなく、身体が先んじて疑いが晴れてゆく・・・。

弥陀の慈悲は、等しく全ての人々に降り注いでいます。

共々に救いの中にある喜びを実感した、今年のお十夜会でありました。

 

生きて身をはちすの上にやどさずば

  念仏もうす甲斐(かい)やなからん

            (西山上人)

 

南無阿弥陀仏     合掌