月かげ第192号

粗末にするな

心と

身体

                       カレンダーより

 

 

今年も残すところ後一ヶ月となりました。

桜の葉も真っ赤に色づいて、落ちていきます。そして、色とりどりの葉を毎日のように履いて、木に葉が一枚も無くなったら、十二月中旬・・・。毎年毎年、どんなに温暖化が進もうが台風がこようが、同じです。そして、みかん農家さんがみかん取りを始めて、お墓の横の道路もみかんを沢山のせた軽トラックが行きかいます。

美しい紀州の山々は高い所までみかんが色づいています。

今年はずっと観音堂の修復工事で、阿弥陀寺は賑やかでした。もうすぐ瓦屋さんが屋根ふきに来てくれます。「完成はいつですか?」と時々聞かれますが「来年の春かな~?でもまだ観音さんの修理もしたいから、まだまだ先になるかな。」と答えています。聖観世音様と三十三体の観音様を全て直すとなれば、またまた大変なことです。皆様から御喜捨を頂いたり、お賽銭(さいせん)や志や、はたまた永代(えいたい)まで考えています。とにかく、何年かけても良いから、阿弥陀寺が素晴らしいお寺であり続ける為に続けたいと思います。

戦争も乗り越え、津波も乗り越え、五世紀後半といわれる古墳(こふん)まで、綺麗に存在するここ下津浦阿弥陀寺は、皆さまの心のよりどころです。ふるさとにお寺があり続けること、それは阿弥陀仏のいるこの世の極楽浄土を体感できる所なのですから。

年末、十二月三十一日、例年通り十一時四十五分より除夜の鐘を撞きます。最近、若い人も来てくれるようになって来ました。これなくて布団に入って寝ている人も耳をすませてみて下さい。

百八回の鐘の音を聴きながら、百八の煩悩(ぼんのう)を浄化して下さい。

来年も沢山いいことがありますように・・・。

阿彌陀寺ホームページアドレス

http://pipi99.wix.com/amidaji

 

 


    南無阿弥陀仏  合掌  ⓢ

月かげ第191号

のちの世のたよりを

    ここにもとめけり

 南無阿彌陀寺の

     庭にまいりて

                     不動山阿彌陀寺御詠歌

 

 

かごめ~♪かごめ~♪かごの中の鳥は~いついつであう~♪

最近はあまり聞かなくなった「かごめ歌」懐かしいです。以前、大佛師・松本明慶先生の工房を訪ねさせて頂いた折に、先生の作品で、手をつないだ童(わらべ)たちの真ん中に一人の童(わらべ)が目を手で押さえ座っているそんな作品を拝見しました。

先生は、「かごめ歌は、うしろの正面(しょうめん)だぁれ~♪の歌で、うしろの正面が誰か当てる遊びですので、皆の名前を知らないと答えられない。幼馴染(おさななじみ)同志(どうし)は簡単に出来る楽しい遊びですが、よそから来た子供は名前を知らないから大変です」とおっしゃって、先生のその作品を見せて下さいました。そして、その目をふさいだ童(わらべ)のうしろには、観音さまが立っていらっしゃいました。

私もこの土地に来て、もう十七年が過ぎますので、ようやく檀家さんの顔と名前がわかるようになりました。お嫁に来たり、転勤になったり、せっかく友だちになっても別れなければならないことは多くあります。それどころか、急に旦那(だんな)さまや奥さまが亡くなったり、今までそばにいた人がいなくなった時など、孤独を感じている方は多くいらっしゃると思います。そんな時、先生の作品を思い出します。小さい子供の後ろには大きな観音さまがいてくれるのです。これほど心強いことはありません。

今、阿弥陀寺では観音堂を修復中です。古い行灯(あんどん)や、瓦(かわら)や、ランプ・・・。色々な物が出てきます。長い歴史をへて、大事に護(まも)られてきた観音信仰は、その時々の人々を温かく見(み)護(まも)って来てくれたと感じます。「昔は子供が病気しても、病院に行かず、拝みに来て助けてもろたんやで」というおばあさんの話を聞いたことがあります。どんな時も常に後ろにいて下さる観音さま。そして私たちを護(まも)ってくれています。観音ばたらき。その言葉どおり、観音さまが自ら観音堂をなおしてくれている。そうとしか思えないほど、素晴らしい修復工事が進んでいます。

どんなことがあっても、楽しく、明るく、笑いながら生きてゆきたいと思います。観音さまに手をつながれた子供たちは皆、観音さまに救われた子供たちなのですから・・。

                 南無阿弥陀仏  合掌  ⓢ

月かげ第190号

あせたるを 

ひとはよしとふ

びんばくわの 

ほとけのくちは 

もゆべきものを

           会津八一

 

人生は、あっという間だと言われます。

私自身、気づいてみれば、早、還暦(かんれき)を過ぎています。

自分自身の人生を振り返ってみますと、様々な場面がありましたが、やはり一番のよろこびごとは、今生(こんじょう)において、この身このまま、本願(ほんがん)念仏(ねんぶつ)に救済されたことです。

もし、お念仏に出(で)遇(あ)えていなかったらと考えますと、我ながらぞっとします。

親鸞聖人が「氷(こおり)多きに水多し、障(さわ)り多きに徳(とく)多し」と『高僧和讃』に詠まれていますが、仏縁の不思議に身の引き締まる思いです。

私も還暦(かんれき)を迎え、体力の衰えを感じるようになりました。しかし、逆に自分を支える目に見えない大いなる存在については、今までよりもむしろ、敏感に身近に感じるようになったと思います。

私の大学の恩師、山田無文老師のお歌に、

大いなるものに抱(いだ)かれあることを

今朝ふく風の涼しさに知る

と、あります。

祖母が口癖のように言っていた「今日も一日お護(まも)り頂きまして、ありがとうございます」という神仏やご先祖さまへの感謝のことばが、我が身にしみじみと実感されるようになったことは、信仰に出(で)遇(あ)えた一つのよろこびです。

                      南無阿弥陀仏  合掌   

月かげ第189号

ただ一向に念仏すべし

        

 

           法然上人

 

私の得度の師、総本山光明寺第七十七世法主・須佐長空上人は、八十八歳の折、「観経に聞く会」というお経の勉強会の席で、「われわれは皆お浄土から生まれてきた。故郷恋しく、生まれたふるさとへ帰りたい」とおっしゃられました。

当時まだ二十代だった私は、このおことばの意味が理解されたとき、私もまた救われるのだろうと、そのように思いました。

お浄土には、先に往(い)った懐かしい人たちが、待ってくださっている。私もまた素直にお念仏を称えてやがてお浄土に往生し、懐かしい方々と再会のよろこびを味わう・・・。

今では、当たり前にそう思っています。科学で説明はつきません。しかし、お釈迦さまがお浄土の存在や、念仏往生を「信じなさい」とお説きになり、法然上人が「間違いない」とおっしゃられました。「私はただ法然上人のおことばを信じます」ただ、それだけです。「五重相伝」をお受けになることによって、そのような心持ちに少しずつ変わってゆくと思います。

生死を超えて、お浄土という永遠の世界の住人とならせて頂く・・・。そして、損得勘定を超えた、魂の世界に生まれ変わらせて頂く・・・。「五重相伝」によって価値観の転換(てんかん)が起こり、真実の世界の住人とならせて頂くのです。

ご縁を結ばれることを、心より念願致します。

南無阿弥陀仏  合掌   

月かげ第188号

お盆には

先祖よろこぶ

お墓におまいり

 

        詠み人知らず

 

お盆です。

先日、NHKのプロフェッショナルという番組を見ました。父親が中国(ちゅうごく)残留(ざんりゅう)孤児(こじ)の日本人で、母親が中国人という新津春子さんという方が取り上げられていました。 

中国にいた時も家族で日本に来た時も差別を受けてきた。と言っておられました。そして、それでも必死に働いてきたそうです。今、彼女は世界一清潔な空港といわれる羽田空港の清掃作業員五百人の頂点に立つリーダーです。トイレの隅々まで夜中三時間かけて掃除される姿は神さまと言いたくなるほど、丁寧な掃除でした。中国から高額なお給料を出すから来て欲しいとオファー(依頼)もあったそうですが、まだ今の職場に恩返しが出来てないから、と断ったそうです。

私が結婚前に海外青年洋上大学(総理府主催)で中国に初めて行った時に、現地で出逢った中国人のおじさんは、「子供の頃に日本人に両親を殺された」と、おっしゃっていました。そして、「でも今は恨(うら)んでないですよ。和歌山の新宮にも行ったことがあります。」と流暢(りゅうちょう)な日本語で話してくれました。私はそれ以来、その名前も知らない中国人の方が忘れられません。

時代に翻弄(ほんろう)されて、辛い経験をされた人は多くいますが、そんな中でも、助け合ったり、認めあったり、国を超えて優しい人の心は共通だと思います・・・新津さんみたいな素敵な方がいてくれる。そう思うのです。

新津さんは「掃除していて、上司に一度も褒(ほ)められたことがなかったけれど、最年少で日本一の清掃員に選ばれた時に上司が、「あなたが一番になると思っていたよ」と言われた時は本当に嬉しかった。」と涙を流して話されていました。

新津さんは道徳の教科書にも紹介されているそうです。

南無阿弥陀仏  合掌   s

月かげ第187号

いっしょうけんめいの人に

仏さんが見える

 

 

      大佛師・松本明慶師

 

いよいよ夏が近づき、あと一ヶ月でお盆となります。

天才と云われる日本一の大佛師、松本明慶先生が、随峰さんに、「一日は二十四時間、八時間仕事して、八時間寝て、八時間自分の好きなことをすればよい」ということを言っておられたと、聞きました。三百六十五日休みなし、そうおっしゃっておられた先生が、何千何万体もの仏像を作り続け、そして四十人を超えるお弟子方を育てられる日々を通してのお言葉です。休む暇などありません。

どんな時も活き活きと優しいお言葉で、人と対応され、そしてあの大きな大仏や繊細な小さい仏様まで作り出される力は神技(かみわざ)としか言いようがありません。

一日二十四時間、人それぞれ、どんな風に時間を使うかは自由です。だけど、明慶先生のお言葉を聞くと、積み重ねられた、努力と鍛錬(たんれん)の日々がその人を作ってゆくのだなぁと思うのです。

人に強制される人生は辛(つら)いばかりだと思います。自分の人生は一度限り、そして身体も心も、神仏とご先祖さまからの預かりものです。お墓に入るまでどれだけの時間が残されているのでしょう・・・。まだまだ人生は続きます。誰もが天才になれる素養があるのだと思います。 自分自身の至らなさを反省しつつ、少しでも近づきたい思いです。
    南無阿弥陀仏  合掌                  (文・さよ)

月かげ第186号

いちばんたいせつなことは

目に見えない

                星の王子さま

                 サン・テグジュペリ

 

 

 紫陽花(あじさい)の綺麗な季節となりました。

先日、高野山にお参りしました。お店の前にコンペイトウという紫陽花が鉢に植えられていました。毎年、庭中紫陽花を咲かせているお寺の奥様に携帯で写した写真を送って、名前を聞きました。丁度私が訪ねた時に私の父のことを思い出していたそうで、偶然だと喜んで下さいました。

お寺に住んでいて、法事やお葬式、そして色々な法要に参加させて頂きますと、時々檀家さんに不思議なお話を聞きます。偶然かもしれませんが、目に見えない世界から、知らされたような気になります。

亡くなった人を思い出して、一周忌、三回忌、七回忌・・・・。とつとめる内に、皆、年をとって、子供も大人になり、自分もいい年になって、あの頃の母の歳になったなぁ、と思います。

令和になって、時代が変わり、インターネットや自動運転、自動改札と、どんどん便利になりますが、便利なようで、機械に振り回されているような気もします。本当に大切なものを見失わないようにしないといけないなぁ、と思います。

お寺を大切に思ってくれる檀家さんや、野菜を作って持って来てくれる方や。毎朝、道路を掃除してくれる方や、庭掃除を手伝ってくれる人、孫を大事に育てているおばあさんやおじいさんの心・・・。 

心は目に見えないけれど、家族や親族の集まる法事は、心が目に見える法要じゃないかと思います。多分、気づかない人も多いけれど、三十三回忌や五十回忌になった頃には、心がつながって、その頃の祖父母の気持ちがやっとわかります。

お寺という特殊な場所がそんな風に日本人の優しい心を育ててくれているような気がします。          (文・さよ)

南無阿弥陀仏    合掌